この価格帯についてどう思いますか?
・高級食材オマールエビを使ったラーメン:1杯 5,000円
・優雅な時間を満喫できるホテル:1泊 200,000円
外国人に人気の観光地では今、このようなインバウンド(訪日外国人旅行者)向けの高価格設定がされています。
そのため、日本人にとっては手の出にくいものとなってしまったとして賛否の声が上がっています。
一方、インバウンドにとっては「円安の影響で財布の紐が非常に緩くなっている」ことや、「価値のあるものなら値段を気にせず払う」といった考え方により、高価格でも旅費にあてているようです。
そういった経緯もあり、日本人料金と訪日外国人旅行者料金を設定する「二重価格」導入の是非が問われる時代になっています。
そこで今回は、
目次
伸び悩みを解消する新戦略「二重価格」とは
二重価格とは
そもそも「二重価格」とは、モノやサービスの値段を「日本人向け」と「外国人向け」といったように、いわゆる2つの料金を設定する考えのことを指します。
例えば、ラーメン1杯を日本人向けには1,000円、インバウンド(訪日外国人旅行者)向けには5,000円のように異なる料金設定を存在させるものです。
「日本人向け料金」と「外国人向け料金」のように分ける仕組みや、「二重料金」と普段聞きなれない言葉のため、インバウンド客を受け入れる側としては違和感や公平性に欠けるのではと感じる人も少なくないでしょう。
しかし、日本で普段生活をしていると、二重価格が意外と身近にあったことに気づかされます。
身近に存在していた二重価格
二重価格が身近にある具体的な例としては遊園地や銭湯で「シニア・大人・子ども」のように料金設定が分かれていることや、映画館で「シルバーデー・レディースデー」のように曜日などで料金が変動する場合があげられます。
また、お寿司屋さんや割烹の
・ランチ営業時では客単価1,500円
・ディナー営業時には客単価が7,000円
といった価格差で提供しているお店もあります。
安い居酒屋ならまだしも、ほとんど儲けの出ないランチ営業をする理由は、高単価になりやすいディナー営業への客寄せや、食品ロス削減のためなど、お店によってさまざまな理由はあるでしょう。
この価格差もある意味二重価格と言えるのかもしれません。
このように私たちの身近なところで二重価格が存在していることから、「外国人向けの料金」としての二重価格を導入するのはそこまで抵抗が少ないのではないでしょうか。
海外の人が考える二重価格
海外では飲食店・交通・施設などのモノやサービスの料金が、
・地元民なら無料(あるいは低額)
・観光客なら有料(あるいは高額)
といった二重価格を設定している例も珍しくありません。
アジアのとある国では観光施設利用料として、地元民の10倍の料金を設定している例もあります。
そういったことから、海外から日本を訪れて二重価格が設定されていても、訪日旅行の口コミが悪評で広がるといったことはあまり心配しなくてもよいのかもしれません。
二重価格を導入するにあたり、配慮や対策するべきことについては記事の後半「二重価格の導入する課題と解決策」で解説しています。
販売戦略を180度シフトしてV字回復へ
二重価格という販売戦略を導入したことで、売上低迷のどん底から立ち直ったケースについてお話します。
冒頭でお伝えしたように、ラーメン1杯5,000円や1泊20万円のホテルなど、多くの日本人にとっては手の出しにくい価格帯と言えるでしょう。
しかし、海外の人からすれば
・為替によって安く感じられる
・日本ではチップが不要なのに、基本的にどこでも良質なサービスが受けられるため、価格の高さを感じさせにくい
ことが訪日旅行の魅力の一つと感じられています。
とある飲食店ではこれまで、インバウンド客以外にも観光地に住む地元の人が訪れるお店作りをしてきましたが、コロナ禍で売上が大幅に減少し廃業を考える必要に迫られてきました。
廃業を免れるために、
・インバウンド客を多く訪れる仕組み作り
・高単価になりやすい二重価格の設定
を行ったことで、赤字から黒字へと急速に回復していったケースがあります。
今、日本で最も国際的なリゾートと言われる北海道のニセコのように、完全に外国人を相手にする振りきった販売戦略をすることで、業績を180度好転させることが可能となっています。
つまり、1杯800円のラーメンや1泊7,000円のホテルといった低単価で提供するより、ラーメン1杯5,000円や1泊20万円のホテルを利用する人を増やすことで、生き残っていこうという考え方なのです。
二重価格を導入するためのポイント
日本を訪れるインバウンド(訪日外国人旅行者)に向けた料金設定には、ただ単に価格を高くすればいいということではありません。
ここでは、「料金に見合った高付加価値化を徹底する」ということがポイントになっていきます。
「ここでしか体験できない」「ここでしか食べられない」のように価格よりも価値を重視し、商品の内容や価格を設定することが大切となってきます。
二重価格を導入する理由とは
今の時代、二重価格を導入するべきと、観光業をはじめとした専門家、経営者などが議論をしていますが、そもそも導入理由やそこに至るまでの背景はどういったことがあげられるのでしょうか。
考えられる導入理由は以下の通りです。
① 円安の影響
② 融資返済の資金調達
③ 十分な経営が可能になる
④ 人手不足による負担や休業・廃業から逃れる
⑤ 日本への魅力が多い
導入理由①円安の影響
まずは円安の影響です。日本人や日本に住む外国人にとって、物価の高騰と上がらない賃金により生活が苦しいと感じている人は少なくありません。
しかし、アメリカをはじめとした欧米、アジア諸国では特に景気拡大を続け、賃金も大きく上昇しています。
そのため、日本との所得格差や日本の物が安く感じられることで「安いニッポン」として日本への旅行が人気となり、旅行者数と旅行消費額の両方で増加傾向にあります。
下記のグラフは、観光庁が2024年1月17日に発表した、訪日外国人旅行消費額の動向調査結果です。
出典:観光庁「訪日外国人消費動向調査」2024年1月17日発行
訪日外国人旅行消費額は、2023年では5兆2,923億円で、コロナ前の2019年と比較すると9.9%増で過去最高を更新しています。
さらに、訪日外国人(一般客)1人当たり旅行支出は、2023年では21万8千円、コロナ前の2019年と比較すると33.8%増と推計されます。
導入理由②融資返済の資金調達
融資返済がスタートしても、資金繰りへの負担を軽くできることです。
コロナ禍の影響で売り上げが減少した事業者(個人事業者や中小企業)に対し、実質無利子・無担保で融資が行われた仕組み「ゼロゼロ融資」。
2020年3月から始まったゼロゼロ融資は、無利子の期間が最大3年間に設定され、4年目からは利子が発生するという条件でした。
融資開始から3年が過ぎた今、返済に追われ苦しみ倒産せざるを得ない企業が増加するなど、過去最多ペースの倒産件数となっています。
しかし、「コロナ以前のように戻ってきた客数✕客単価アップ」で経営の立て直しに期待ができます。
導入理由③十分な経営が可能になる
売上や利益をしっかり確保することでコロナ禍で一度離れてしまった人材を取り戻し、人材費の高騰、物価の高騰にも対処できることです。
消費者の苦しい生活に寄り添って、利益の少ない状態でなんとか経営している人も少なくないでしょう。
しかし、それではサービスを維持することが難しく経営危機に立たせれてしまうため、一部でも売れる高価格商品を作ることで会社業績アップを目指していくことが可能です。
導入理由④人手不足による負担や休業・廃業から逃れる
観光地や特定の地域において訪問客が集中的に増加することで、社会や環境への負担が大きくなってしまう現象「オーバーツーリズム」への対応が可能になります。
地方観光地ではオーバーツーリズムや、コロナ禍で業界から離れてしまった人材不足が深刻化しているため、観光客を多く受け入れたくても対処できない状況が問題となっています。
先述した「十分な経営が可能になる」の内容に関連しますが、売上や利益をしっかり確保できれば高い給料が払えるため、黒字でありながら人員不足や後継者不在の問題、休業・廃業の危機から解消することが可能です。
導入理由⑤日本への魅力が多い
インバウンド(訪日外国人旅行者)にとって訪日旅行は、円安の影響で旅費を安く抑えられること以外にも、さまざまな魅力的要素が多いことです。
世界では今、空前の日本ブームとなっています。日本は「食や物の品質が良い」「公共の交通網が発達している」「観光地が多い」「季節を楽しめる」「治安が良い」「多言語表示が増え旅行中不自由しなくなった」などとても魅力的に映っているようです。
そのため、今後も海外旅行先として選ばれる可能性が高いことから、「高額に設定した価格の根拠をしっかりと提示」し、「正しい価値を提供」できれば、単価の引き上げを行ったとしても多くの旅行者が訪れることでしょう。
二重価格を導入する課題と解決策
これから外国人向けと日本人向けの二重価格を設定した場合、どういったことに気を付ければいいのでしょうか。
課題② 証明書の確認作業の負担
上記2つの課題の解決方法をお話します。
課題① 国内外の観光客離れのリスク
インバウンド価格が設定されることで、観光地のホテルや食事といったレジャー費は国内旅行の方が高く、日本人にとって手の出しにくいものとなっていくことです。
日本の物価は年々上昇しているのにも関わらず給料がほとんど変わらないため、モノやサービスの価格が高騰することで消費者数や消費額は少なくなっていくでしょう。
また、海外では二重価格は珍しいものではないと先述しましたが、インバウンド(訪日外国人旅行者)だけ料金を高くすることで差別ととられる人も少なからずいるため、日本を訪れる旅行者が減少してしまう可能性もあります。
解決策①料金表示の見せ方を工夫する
「外国人価格」と「日本人価格」のように露骨に料金の差をつけることで差別に感じさせてしまうことから、正規の価格を値上げし、マイナンバーカード等の証明書提示で日本人割を適用させるといった方法です。
二つの価格を用意するより割引という形で「見せ方を工夫」することで事実上の二重価格となれば、外国人にとって多く取られていると感じさせにくくなります。
また、日本人にとっては割安感を与えることができるでしょう。
課題②証明書の確認作業の負担
日本人や日本に住民票のある外国人と証明するためにマイナンバーカードなどの提示を求めることになれば、事業者側で確認作業という業務負荷が高くなります。
確認作業は単純なものであっても、来店されるお客様が増えればオペレーションの改善が重要となります。
解決策②インターネットで事前登録を促す
インターネットを使って事前予約や事前決済(購入)をする際、マイナンバーの事前登録をしてもらうことでオペレーションの負担を抑えることができます。
ただし、マイナンバーの入力に抵抗がある方も一定数いることから、実際に来店された際にスムーズに案内ができるよう、店内の入口付近や予約サイトなどで案内をするのもよいでしょう。
二重価格を導入している海外の事例
冒頭で述べたように、海外では飲食店・交通・施設などで、地元民と観光客の二重価格を設定しているケースがあるとお伝えしました。
それではどういったお店で、どのくらいの料金が設定されているのか国別で紹介していきます。
・シンガポール
・北米
・ハワイ
・タイ
導入例①シンガポール
シンガポールの人気観光スポット「ガーデンズ・バイ・ザ・ベイ」の入場料金は以下の通りに設定されています。
大人 :20ドル
シニア(60歳以上):15ドル
子ども(3~12歳) :12ドル
【非居住者】
大人 :32ドル
子ども(3~12歳) :18ドル
非居住者は在住者と比べて料金が約1.5倍高いうえに、シニア料金の設定がないのが特徴です。
導入例②北米
教育機関というものは自国で活躍する若者を多く育成する場となり、その教育によって自国で貢献できれば国家としても良い循環となります。
そのため、北米の大学や専門学校などの教育機関の授業料には、住民票を置く場所によって料金設定をしている場合があります。
$9,900
【学校と同じ州に住民票がない人(留学生含む)】
$26,600
上記は4年制の公立大学の場合の授業料の一例ですが、約2.5倍の差があります。
卒業すれば自国に戻るケースが高い留学生の授業料が高くなってしまうのは、やむを得ないと言えるでしょう。
導入例②ハワイ
出典:Diamond Head
アメリカ・ハワイの人気観光スポット「Diamond Head(ダイヤモンドヘッド)」の入場料金は以下の通りに設定されています。
無料(予約は不要)
【非居住者】
5ドル(予約が必要)
ハワイ在住であることを証明するため、入場時にはハワイ州の運転免許証や身分証明書の提示を行われています。
導入例③タイ
タイの原動機付三輪自動車タクシー「トゥクトゥク」の1時間あたりの料金相場は以下のように設定されています。
200バーツ
【外国人観光客】
300バーツ
観光客は地元民と異なり「道を知らない」「通常料金をあまり理解していない」ということを悪用し、外国人価格をさらに上乗せする、いわゆるぼったくりされるケースではさらに高額となるでしょう。
二重価格を導入している日本国内の事例
続いては、日本国内で二重価格をすでに導入しているケースを紹介します。
①ラーメン店
②牛丼店
③旅客鉄道
導入例①ラーメン店
福島にある「福島あじ庵食堂」では、日本人向けには喜多方ラーメンは700円〜、インバウンド向けのメニューは、 ・食前酒や鳥モツ親子丼、会津牛と地元野菜のワンタンなど
5種類の料理がセットになった「OMOKASE(おまかせ)」:50,000円(税込)
料金だけみると日本人向けと比較したら高いと感じてしまいますが、「その場でしか楽しめない・味わえない」「お土産をもらって自国に帰ってからも思い出を堪能できる」といった付加価値を付けています。
また、外国人が親しみやすい日本語の商品名を付けることや、メニュー数を少なくすることで外国人観光客にとってメニュー選びの時間を掛けずに簡単に注文できるメリットもポイントです。
導入例②牛丼店
「旨い・安い・早い」で知られる牛丼チェーン店吉野家ですが、インバウンド向けの商品メニューは1,837円〜2,338円(税込)と「安い」が前面に出ていません。
インバウンド客の需要が高い店舗ではこのインバウンドメニューが用意され、メニュー全てにうな重が入った高単価で設定されているのが特徴です。
インバウンド対応のセットメニューを仮にシェアして食べた場合でも、客単価は1,000円前後になるので注文数が増えれば増収増益に期待できます。
また、日本人同様にお手頃価格で注文することも可能だが、何を選べばいいのか分からないインバウンド客にとって、英語・中国語・韓国語で記載された人気メニューから選べるのは親切と言えるでしょう。
導入例③旅客鉄道
出典:JAPAN RAIL PASS(ジャパン・レール・パス)のお得なきっぷ
JRグループ6社が共同して提供するパス「JAPAN RAIL PASS(ジャパン・レール・パス)」は、鉄道で日本周遊を便利に移動できるお得なきっぷです。
「優雅なグリーン車」と「快適な普通車」の2種類の車両があり、それぞれ「7日・14日・21日間」のパスから選べます。
大都市部を通るゴールデンルートから地方部まで乗り放題となるので、限られた滞在期間内でさまざまな地域を訪れたいインバウンド客にとっては、とてもお得なきっぷとなります。
とはいえ、2023年10月1日(日)購入分から約67%増の大幅な引き上げによって、お得感が薄れたのではないかと言われています。
変更前:60,450円 → 変更後:100,000円(65%増)
【グリーン車用:21日間】
変更前:83,390円 → 変更後:140,000円(67%増)
インバウンド客の購買力の上昇と相対的に安すぎる価格設定を見直すため、急激な価格改定をするには客離れのリスクが問われます。
価格改定は毎年あるぐらいの感じで、じわじわと価格を上げていくべきだったのではと感じる人も少なくないでしょう。
まとめ
今回は「日本人向け料金」と「外国人向け料金」の2つの料金を設定する「二重価格」について解説しました。
日本の物価は年々上昇しているのにもかかわらず、給与は上がっていません。
そんな苦しい消費者に寄り添うことで経営側は気軽に値上げしづらい雰囲気を感じていることや、値段以上の過剰なおもてなしをしているなど、日本全体として「価格・価値・時代」に見合っていない傾向にあります。
しかし、求められている場所で「高付加価値=満足の対価」という二重価格で特別なメニューを提供するという考え方次第では、増収増益・客単価アップに期待ができます。
事業者それぞれに合った高付加価値の商品はどういったものなのか、公平にやっていくためにはどういう形がベストなのかを検討する時代へと突入しているようです。